伊豆の中心で、思いをさけぶ

地域社会のリアルな変化から教育・人生の本質まで、変化の激しい時代を自分らしく生き抜くための視点を届ける社会批評。

カテゴリ: 車

先日、久しぶりにガソリンスタンドで給油をしました。
今はセルフのスタンドがすっかり主流になりましたが、いつの間にか給油画面の前でやることが増えましたよね。
お店のアプリを開いてQRコードを読み込ませ、ポイントカードや提携カードをセットして……と、手順が少し複雑です。

掲示板を見ると「アプリ会員価格」「カード会員価格」「現金価格」と細かく分かれているのですが、この機械の読み取りが時々一筋縄ではいきません。
アプリやカードをしっかり読み込ませたつもりなのに、画面上の表示がなぜか「現金価格(通常価格)」のままになっていることがあるのです。

実は前回も同じことがあり、その時は給油前に気づいて一度キャンセルし、最初からやり直して事なきを得ました。
しかし今回は、急いでいる朝の給油。
何度QRコードをかざしても「現金価格」から変わらず、後ろの車も気になったため、諦めてそのままの価格で入れてしまいました。
金額にすればわずかな差かもしれませんが、朝から少しだけ損をしたような、不完全燃焼な気持ちが残ります。

1. カードを通して、アプリをかざして……
カードを通して、QRコードを画面に向け、現金や決済手段を選択する――。
便利になったはずのシステムですが、時に「すごく面倒だな」と感じてしまう瞬間があります。

そして何より頭を悩ませるのが、近年のガソリン価格の高騰です。
昔は走りの良いハイオク車に憧れて乗っていた時期もありましたが、今の価格帯を考えるととても維持できません。
次に乗り換えるならハイブリッド車か、はたまた電気自動車(EV)か……と、車種選びの基準もガラリと変わってしまいました。

2. 地方を支える「足」だからこそ
都市部と違い、電車やバスの選択肢が少ない地方において、車は趣味の道具ではなく「日々の生活を支えるライフライン(足)」そのものです。
通勤や買い物、子ども・家族の送り迎えなどで、毎日メーターは確実に増えていきます。

デジタル化で少し便利でお得になるのはありがたいものの、機械に振り回されずにストレスなく給油したいのが本音です。
そして何より、このガソリン価格がもう少し落ち着いてほしい――。
日々車を走らせている地方の人間にとって、これは決して他人事ではない、心からの切実な願いなのです。
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かつてトヨタ自動車と並び「二大巨頭」として日本の自動車産業を牽引した日産自動車。
しかし現在の姿には、往年の輝きや勢いを感じることが難しくなっています。

1999年、カルロス・ゴーン氏による「日産リバイバル・プラン」によって経営危機からは脱したものの、ルノーの傘下に入ったことでクルマづくりの哲学が大きく変化しました。
それまでの日産らしい走りや技術へのこだわりが薄れ、「ただ使い勝手が良いだけの道具」のような車種が増えてしまった印象は否めません。
もちろん、GT-RやフェアレディZの復活という熱いトピックもありましたが、これらは一般的なユーザーにとっては手が届かない存在です。
それでも、コンパクトSUVの先駆けとなったジュークが登場した頃までは、まだ「新しい日産」としての挑戦が見えていました。

本当に暗転したのは、その後の2010年代です。
日本市場への新型車投入が長期間にわたってストップし、魅力的な新車が並ばないディーラーから客足が遠のくのは当然の帰結でした。
日本のメーカーでありながら国内市場を軽視し、キューブ、ティーダ、マーチといった売れ筋のコンパクトカーすらモデルチェンジなしで販売終了へ追い込んでいったのです。
その裏で注力していたのは、海外市場での地域別車種の拡大でした。
中国市場で投入されたシルフィなど、非常に魅力的でありながら日本には導入されないモデルも多く、国内ファンを失望させました。

1. トヨタとマツダに見る「復活」と「現実」
こうした海外での過度な車種拡大と収縮の歴史は、かつてマツダが陥った「5チャンネル体制」の失敗を想起させます。
しかし当時のマツダは、デミオの大ヒットを足がかりに「SKYACTIV技術」や洗練されたデザイン、高品質なクリーンディーゼルを軸として見事な復活を果たしました。

翻って、今の日産はどうでしょうか。
ノートやセレナといった主力車種は健闘しているものの、トヨタのヤリスシリーズやノア&ヴォクシーといったライバル勢の壁を崩すには至っていません。
「技術の日産」を掲げ、電動化の切り札としてアピールする「e-POWER」も、実用燃費や完成度の面でトヨタのハイブリッド技術を凌駕していると断言するのは難しいのが現状です。

2. 歴史に学ぶ「プライドを捨てた再出発」
経営方針の迷走の果てに、日産を代表するマザー工場であった追浜工場の閉鎖(改編)にまで踏み込まざるを得なくなった現実は、これまでの戦略の誤りを何よりも雄弁に物語っています。

ですが、日産には歴史から学べる起死回生の手がかりがあるはずです。
かつて日産は、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)と提携し、1980年代に「サンタナ」を国内の工場でライセンス生産していました。
その際、徹底的に吸収したドイツ車の高いボディ剛性や走りの技術が、のちに欧州車を凌ぐ走りで大ヒットとなった「初代プリメーラ(P10型)」の結実へとつながったのです。

今の日産に必要なのは、過去の栄光やプライドを一度横に置き、虚心坦懷に学ぶ姿勢ではないでしょうか。
たとえば、かつてサンタナから学んだように、追浜工場などの生産拠点でトヨタの車づくりやカイゼン(TPS)のノウハウに直に触れ、現場の生産技術と品質管理を一から学び直すこと。
日本の自動車産業全体の未来のためにも、いま一度原点に立ち返り、愚直に「真に良い車とは何か」を追求する泥臭い再出発を期待せずにはいられません。
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日本の自動車文化、とりわけ「愛車」という言葉に象徴される車への深い愛着を最もよく表しているのが、その「名前」の付け方ではないでしょうか。

ヨーロッパの自動車メーカーの多くは、アルファベットと数字を組み合わせた車名を採用しています。それを「洗練されていて格好いい」と捉える向きもありますが、どこか無機質で冷たい、効率重視の記号のような印象を受けることも事実です。
一方で日本車は、伝統的に一台一台に対して固有の「名前」を授けてきました。
その多くは響きの美しい外国語(造語を含む)ですが、それぞれの車のキャラクターや佇まいに合わせて、じつに絶妙な名前が選ばれています。
そしてそこには、その車を世に送り出すメーカーの熱い「願い」や「思想」が込められていました。
だからこそ私たちは、その名前を呼ぶたびに車への愛着を深め、単なる移動手段を超えた「相棒」として大切にしてこられたのだと思うのです。
しかし最近では、日本車の名前を取り巻く環境も少しずつ変化してきました。
その筆頭が「レクサス」です。
プレミアムブランドとしての価値を確立し、車としての性能が素晴らしいことは疑いようもありませんが、その車名は欧州流のアルファベットと数字の羅列、つまり記号に統一されています。
・「レクサスLS」よりも、あの圧倒的な存在感を放った「トヨタ・セルシオ」
・「レクサスGS」よりも、俊敏で獰猛な走りを予感させた「トヨタ・アリスト」
・「レクサスIS」よりも、若者の心を熱く揺さぶった「トヨタ・アルテッツァ」
かつての血の通った、血湧き肉躍るような名前を知る世代としては、今の記号化された車名よりも、昔の名前のほうに圧倒的なロマンと愛着を感じてしまうのです。

個性を愛する日本車と、統一を重んじる欧州車
名前だけでなく、「デザイン」に対する思想も日本と欧州では大きく異なります。
ヨーロッパでは、同じメーカーであれば車種(クラス)が違っても、誰もが一目でそのブランドだと分かる共通のデザイン言語、いわゆる「アイデンティティ」を最優先します。
しかしそれは裏を返せば、どの車も似たり寄ったりの金太郎飴のようなデザインになりがちで、退屈だと感じる人も少なくありません。
対して日本車は、それぞれの「車種ならではの個性」を何よりも大切にしてきました。
特に豊富なラインナップを誇るメーカーほど、ファミリーカーからスポーツカーまで、その車が活躍するシーンに最適化された独自の美学とデザインをぶつけてきます。
もちろん、メーカーとしての血統を感じさせる共通のモチーフを取り入れることはあっても、基本的には一台ごとの独立した個性を楽しむのが日本流のクルマづくりでした。

現在のクルマづくりは急速にグローバル化が進んでおり、日本メーカーの車であっても「海外専売車」となり、国内では手に入らないモデルも増えました。
今や、日本市場のためだけに作られる「日本専用車」は、軽自動車を除けばほとんど絶滅しかけているのが現状です。
それでも私は、日本車が培ってきた「日本ならではの特徴や温かさ」を信じています。
何でもかんでも海外のプレミアム勢の真似をして効率的な記号や均一なデザインに染まるのではなく、作った人の体温が伝わる名前と、一台ごとに驚きがある個性豊かなデザイン――そんな日本車らしい良さを、これからも堂々と貫き通していってほしいと切に願っています。
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私が人生で最初に入手した輸入車は、2000年に購入した「プジョー・206」でした。
しなやかに跳ねる野生動物を思わせる躍動的なデザインと、若い世代でも比較的手の届きやすい価格設定が相まって、当時は日本中で爆発的なヒットを記録したモデルです。
振り返れば、あの頃こそが日本におけるプジョー、ひいてはフランス車ブームの黄金期だったのではないでしょうか。
その後、2011年には後継の「207」へと乗り継ぎました。
まだこの頃までは「強い円」の恩恵もあり、イタリアやフランスの個性豊かな車たちを、私たちはごく身近な選択肢として愉しむことができていました。
合計で20年近くをプジョーのハンドルを握って過ごしましたが、長く付き合うほどに、フランスと日本における「クルマづくりの思想の決定的な違い」を肌で感じるようになりました。

結論から言えば、日本の高温多湿な気候の中で、10年、20年と長く、そして安心して乗り続けるためには、やはり日本車に一日の長があります。
特に部品の品質やゴム・樹脂類の耐久性、そして何より信頼性の面で差が出ます。
フランス車と暮らした日々は愉しいものでしたが、常に電子制御系のマイナートラブルという不安がつきまとい、エアコンの効きの強さも、日本の夏を前提に作られた国産車には及びませんでした。
もちろん、これらは私が体験した15年〜20年前のフランス車の話であり、個体差もあれば、最新の欧州車では劇的に改善されているのかもしれません。
しかし、日本の過酷な環境が、欧州の設計思想に試練を与えるのは紛れもない事実でした。

1. コスパの壁と、失われゆく「ブランドの個性」
2020年に長年連れ添ったプジョーを手放しましたが、その頃にはすでに、私の中で「次の輸入車を選ぶ」という選択肢は現実的ではなくなっていました。
激しい円安が進んだ今、そこにガソリン高騰も加わり、かつてに比べて輸入車の価格は完全に雲の上の存在になってしまいました。
コストパフォーマンスという冷徹なものさしで測れば、現在の日本車が持つ圧倒的な優秀さ、そして維持費の安さには到底太刀打ちできません。

経済的な理由だけでなく、自動車そのものの「魅力の均一化」も、私の足を輸入車から遠ざける要因になっています。
純粋な内燃機関(エンジン)の時代には、それぞれのブランドに骨太な「走り味の個性」がありました。
プジョーの“猫足”しかり、アルファロメオの官能的なエンジンしかり、です。
しかし、時代が電動化(EV)へと大きく舵を切り、車が高度な電子制御の塊になればなるほど、ブランドごとの輪郭は急速にぼやけているように思えてなりません。
皮肉なことに、現代の車はデザインの差さえも、空力や安全基準のなかで世界的に似通ってきたように感じられます。

2. ちょっと残念な、大人の成熟の時代に
もし、現代のハイブリッド技術や先進の電子制御を基準にするならば、やはり日本車、特に日本のハイブリッドシステムがもたらす圧倒的な安心感と完成度に勝るものはありません。
もう一度、あの頃のように少しエキゾチックな輸入車に目を向ける日が来るためには、お手頃な価格帯のモデルが日本に導入されるか、あるいは再び「円」が強くなるのを待つしかありません。
しかし、現在の世界情勢を見渡すと、それは簡単なことではないでしょう。

かつて、少しの不便さや壊れやすささえも「お国柄の個性」として愛おしみ、新しい文化に触れるようにワクワクしながらハンドルを握っていた、あの豊かで少し不器用だった時代――。
それが遠い過去になりつつある現在の自動車市場を眺めていると、合理性と引き換えに、何か大切な遊び心を失ってしまったような、少しだけ寂しい気持ちに囚われるのです。
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peugeot206


マツダの「デミオ」――現在はMAZDA2と呼ばれるその名車が、ついに生産を終えようとしています。

デミオといえば、経営危機に直面していたマツダを救った、まさに「救世主」とも呼べる存在でした。
現在のマツダのラインナップにおいて、軽自動車を除けば唯一の5ナンバーサイズを維持してきた一台。
モデルチェンジを心待ちにしていただけに、この報せには一抹の寂しさを禁じ得ません。


1. 12年という歳月と、メーカーの「意志」
現行の4代目デミオが登場したのは2014年。
すでにデビューから12年が経過しています。
欧州ではすでにトヨタ・ヤリスのOEMモデルが「MAZDA2」として販売されている事実を鑑みれば、マツダが自社でこのクラスのコンパクトカーを新たに開発する意志は、残念ながら薄れてしまったのかもしれません。

2. SUV人気と電動化の荒波
背景にあるのは、あまりにシビアな市場のリアリティです。
利益率の低いコンパクトカーに比べ、現在は単価が高く利益率も良いSUVに人気が集中しています。
また、ディーゼルエンジンを独自の強みとしてきたマツダにとって、世界的な「電動化(ハイブリッド・EV)」へのシフトは大きな転換点となりました。
自社単独での電動化開発には限界があり、パートナーであるトヨタの技術に頼らざるを得ないという台所事情も見え隠れします。

3. 「5ナンバー」という日本独自の価値
マツダがこのクラスから退くことで、日本のコンパクトカー市場は、ヤリス、ノート、フィット、そしてスイフトの4強時代へと加速します。
ハイブリッド車は燃費こそ優れていますが、購入価格の差額を回収するには相当な距離を走らなければなりません。
総合的に見れば、純ガソリン車が設定されているこのクラスこそが、最も「コストパフォーマンス」に優れた選択肢だと私は考えています。
しかし、人口が減少し、市場として縮小していく日本。
自動車メーカーが日本専用の「5ナンバーサイズ」に拘泥し続けることは、国際基準(3ナンバーサイズ)が優先される世界戦略において難しくなっているのでしょう。
結果として、日本の狭い路地裏での使い勝手という「心地よさ」が、少しずつ削ぎ落とされていくのは非常に残念なことです。

4. 「軽自動車」という避難所
こうした普通車の大型化と維持費の増大が、日本の軽自動車シフトを加速させているのは間違いありません。
今や軽自動車もコンパクトカー並みの価格帯になりましたが、税金などの維持費の安さが人々を惹きつけています。
それでも、私はやはり、国際基準の剛性や走りの質を兼ね備えつつ、日本の道にしなやかに馴染む「上質なコンパクトカー」に心惹かれます。
効率と利益が優先される時代。
けれど、デミオがかつて私たちに教えてくれた「小さくても志は高い」というクルマ作りの精神は、形を変えてもどこかに生き続けてほしいと願わずにはいられません。ブログランキング・にほんブログ村へ  
Mazda2

どんなモノでも、質が良く、いつまでも使い続けられるのが一番です。
性能の高さや機能の充実も大切ですが、結局のところ「壊れないこと」に勝る価値はありません。
そう考えると、やはり日本製のモノには、他にはない安心感があると感じます。

そう確信させてくれたのは、一台の掃除機でした。
我が家では、20年以上前に購入した日立の掃除機がいまだに現役です。
週に一度、室内を掃除する際に使っていますが、何ひとつ問題はありません。
コード式なのでコンセントに繋ぐ手間はありますが、それを面倒だとは思いません。

一方で、数年前に購入したダイソンのコードレス掃除機は、すでに手元にありません。
吸引力は強力で、非常に便利でした。
アフターケアもしっかりしてくれましたが、バッテリーの交換や故障を繰り返し、結局は使わなくなってしまったのです。
仕組みが違うので一概には比較できませんが、「道具としての寿命」の差を痛感せずにはいられませんでした。

日本の風土が育んだ「壊れない」技術

自動車についても同じことが言えます。
かつて20年ほど、フランスのプジョーに乗っていました。
デザインは最高で、乗り心地もしなやか。
とても気に入っていましたが、年数が経つにつれて故障が相次ぎました。

おそらく、フランスの道を走る分には問題なかったのでしょう。
しかし、日本の高温多湿な夏や、乾燥した厳しい冬。
この過酷な気候に耐えうる設計ではなかったのかもしれません。

対して、以前乗っていた10年落ちの国産車は、ほとんど故障しませんでした。
バブル期に生産された車ということもあり、贅沢にコストをかけて丁寧に作られていたのかもしれませんが、そのタフさには驚かされました。

受け継ぎたい「信頼性」という誇り

日本のモノづくりは、本当にすごいと思います。
派手なブランド戦略では海外勢に一歩譲るかもしれませんが、「壊れずに長く使える」という実質的な価値は、相当なものです。

ただ、それはあくまで「これまでの」日本のモノづくりが生み出してきた遺産かもしれません。
これからの時代はどうでしょうか。

信頼性こそが、日本製品の誇りです。
流行に左右されない、本質的な「質の良さ」を大切にするモノづくりが、これからも後世へと受け継がれていくことを切に願っています。

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mononoyosa


自動車会社の経営統合。
全く意味がないと思う。
まずは、経営再建が先だろう。
経営難の会社と統合したとて、何にも利益にはならない。

その経営再建だけど、なんで経営難になったの?
しっかりとまず振り返りをしないといけない。
あの外国人社長の功罪をしっかりと振り返ったのだろうか?
リーダーシップがあって、日本人にはできない行動力には感心する。
でも、自動車開発にお金をかけず、何年も同じ車を販売。
そして、車種を減らす。
買いたい車がなくなってしまった。
今回の経営危機は、EVに力を入れ過ぎて、ハイブリッドに対して手を入れていなかったこと。
かつての経営危機の時以上にやばいだろう。

こういう日本を代表する大企業が、危機を迎えている。
もう、高度経済成長やバブルのようなことは再びは起きない。
本当の意味で変わらなくてはいけない。
でも、どう考えてもよい気配は全く見えないのだが…
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