世界各地で、武力行使のニュースが絶えません。
ベネズエラ、ガザ、そしてウクライナ。
これらは明らかな国際法違反ですが、国際機関も他国も、その連鎖を止めることができずにいます。
中南米、中東、黒海周辺……。
世界中で火種が燃え上がる中、これが「日本周辺では起きない」と言い切れるでしょうか。
侵攻を始める国には、その国なりの論理があります。
しかし、それが世界の平和秩序を乱すものであることは間違いありません。
ましてや、安全保障理事会の常任理事国であるアメリカやロシアが自ら秩序を破る現状では、国連の存在意義すら揺らいでいます。
今、世界は極めて憂慮すべき事態に陥っています。
「平和主義」を唱えるだけで、国を守れるか
こうした時代において、日本はただ平和を唱えているだけではいけないと感じます。
憲法9条を守ることは大切ですが、それ以上に「日本の平和そのもの」を守るための具体的な工夫が必要です。
「日本だから○○はダメだ」と最初から選択肢を狭めてしまうのは、結果として自分たちの首を絞めることになりかねません。
平和を守るための手段を、自ら足枷をはめて封じてしまうのは、あまりに危険です。
「分かり合える」という幻想を捨てる
「話し合えばどの国とも分かり合える」という考え方は、ときに残酷な結果を招きます。
現実には、分かり合えないからこそ争いが起き、戦争にまで発展するのです。
私たちが研究すべきは「たとえ分かり合えなくても、どうすれば軍事衝突を回避できるか」という具体的な方策です。
そのためには、軍事についても真剣に学ばなければなりません。
最新の兵器や装備の知識だけでなく、過去の軍事史から教訓を汲み取ることも不可欠です。
思考停止に陥らないために
「平和のために戦争を学ぶ」
一見、矛盾しているように聞こえるかもしれません。
しかし、最悪の事態を想定し、様々な可能性を検討し続けることこそが、本当の意味で平和への責任を持つということではないでしょうか。
平和への願いを思考停止の言い訳にするのではなく、厳しい現実を直視し、学び続ける姿勢を大切にしたい。
新年の幕開けに、改めてそう強く感じています。








