伊豆の中心で、思いをさけぶ

地域社会のリアルな変化から教育・人生の本質まで、変化の激しい時代を自分らしく生き抜くための視点を届ける社会批評。

カテゴリ: 大切なあなたへ

私はどうにも勝負事に弱い人間です。
日々の練習をどれだけ一生懸命重ねても、いざ本番となると緊張に呑まれ、持てる実力を発揮できません。
練習の方向性が違っていた可能性もありますが、「勝ちたい」という強い思いばかりが空回りし、自滅してしまうのがいつものパターンです。

特に対戦スポーツではその傾向が顕著で、かつてキャリアの浅い相手に敗れてしまい、「自分はこの競技に向いていないのではないか」と深く落ち込んだこともありました。

しかし、世の中には「本番でこそ真価を発揮できる人」が存在します。
わが家で言えば、まさに私の娘がそのタイプです。

彼女は、プレッシャーがかかる大きな大会で、あっさりと自己新記録を更新してみせます。
もちろん、彼女だって緊張していないわけではありません。
ただ、彼女には「大会の前日にはハンバーグを食べる」という大切なルーチン(勝負飯)があります。
同じハンバーグ好きとして「もしかしてあの勝負飯が効いているのか? ならば自分も……」などと羨ましく思ったりもします。

ですが、本当の理由はハンバーグだけではないことを、親である私はよく知っています。

彼女の凄さは、日頃の練習にどこまでも真摯に向き合う姿勢にあります。
少し適当なところがある私とは違い、一つひとつの課題に愚直に取り組む粘り強さを持っているのです。
本番で新記録を出せるのは、運やルーチンの効果だけでなく、積み重ねてきた圧倒的な努力という裏付けがあるからに他なりません。

自分にはない強さを持つ娘の姿はまぶしく、きっとこれからも成長を重ね、新しい記録を打ち立てていくことでしょう。

ただ、どれほど順風満帆に見えても、スポーツの世界には必ず「スランプ」の時期が訪れます。
思うように成果が出ず、暗闇を歩むような壁にぶつかった時、それをどう乗り越えるかこそが、さらなる飛躍のカギとなります。

だからこそ、いまは結果が出る喜びを存分に味わいながら、「真摯に努力することの尊さ」を身をもって学んでいってほしい。
本番に弱い父親として、そして誰よりのファンとして、彼女の挑戦をこれからも静かに見守っていきたいと思います。
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今、娘が『ゼルダの伝説 知恵のかりもの』に夢中になっています。
「ゼルダの伝説」といえば、私にとっても非常に思い出深いタイトルです。
それは、自分が子どもの頃にファミコンで夢中になったゲームでした。
それまでのロムカセットではなく、当時は画期的だった「ディスクシステム」での登場です。
我が家にはディスクシステムがなかったため、本体を持っている友達の家に行っては、横で食い入るように画面を見つめたり、コントローラーを握らせてもらったりしたものでした。
第2作目の『リンクの冒険』の、あの独特の難しさにも少しだけ触れた記憶があります。
あれから長い年月が流れ、任天堂のハードが形を変えながらも、ゼルダは今なお世界中で愛される大長編シリーズとなりました。
『ドラゴンクエスト』のような王道RPGとはまた一味違う、謎解きとアクションの楽しさを守りながらここまで続いてきたことは、一人のゲームファンとして本当に凄いことだと敬意を表したくなります。

1. スマホを片手に、二人で挑む「知恵の借り物」
当時の8ビットの荒いドット絵の中にいた懐かしいキャラクターや魔物たちが、最新の美しいグラフィックとなって令和の今、娘の画面の中を生き生きと動き回っています。
その光景に強烈な懐かしさを覚えるとともに、一歩引いて眺めると、「ゼルダ」という一本の作品を通して、いま自分が娘と時空を超えて繋がっているような、なんとも素敵な感慨が湧いてきます。
娘にとって、こうした本格的なアクションRPGの世界に飛び込むのは今回が初めてのこと。
当然、どこへ行き、どうやって謎を解けばいいのか、最初は全くわかりません。
「パパ、これどうやるの?教えて!」
そう助けを求められますが、実を言えば、最新作の仕掛けには昭和のファミコン世代である私だって頭を悩ませてしまいます。
そこで、「ちょっと待ってね」と片手にスマートフォンを携え、攻略情報を検索。
「あそこにあのアイテムを『借りて』置くとうまくいくみたいだよ」
「あ、本当だ!できた!」
そうやってあーだこーだと知恵を出し合い、二人で協力しながら、少しずつ冒険の歩みを進めています。
娘一人の力だけではなかなか突破できない壁も、二人で並んでコントローラーを囲めば、楽しいアトラクションに変わるようです。

2. 原点を知ったとき、娘は何を思うだろう
最新の親切なゲームシステムと、至れり尽くせりのグラフィックで表現された『知恵のかりもの』。
しか知らない娘が、もしもあの1986年の「初代・ゼルダの伝説」の、ヒントも少なければ画面スクロールも無骨な世界に触れたら、一体どんな感想を抱くのでしょうか。
現代のゲームに比べたら、不便で、難しくて、地味に見えるかもしれません。
けれど、もし機会があるなら、ぜひ一度体験させて、その率直な感想を聞いてみたいものです。
「ここが、すべての冒険の原点だったんだよ」と、いつか娘に教えてあげる日を夢見ながら、今夜も我が家の小さな勇者とともに、リビングでの冒険を楽しんでいます。
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zelda

「子供は親の生き写し」だと感じることがあります。
ふとした仕草や考え方の中に、自分と似ている部分を見つけると、驚きと共になんとも言えない気恥ずかしさを覚えます。
それが長所であれば誇らしいのですが、自分の欠点までがそっくりそのまま投影されているのを見ると、「そこは似なくていいのに……」と苦笑いしてしまいます。
けれど、自分もなかなか直せない欠点を子供が持っているとき、強く叱れないもどかしさを感じると同時に、そんな「できないところ」も含めて、たまらなく愛おしいと思える瞬間があるのです。

1. 言葉という「心の環境」を整える
親の態度は、そのまま子供の日常になります。特に気をつけたいのは「言葉遣い」です。
親が何気なく使っている乱暴な言葉は、子供の語彙となり、やがて友達への接し方へと繋がっていきます。
それは子供の性格が悪いのではなく、単に「そういう環境」に身を置いているからに過ぎません。
乱暴な言葉は、話し手の本当の思いをかき消してしまいます。
鋭い言葉の棘ばかりが相手に突き刺さり、本来伝えたかったはずの温かな気持ちが、理解される前に心を傷つけてしまう。
「百害あって一利なし」とは、まさにこのことです。
子供を傷つけないために、そして子供が誰かを傷つけないために。まずは親である私たちが、言葉という環境を整える必要があります。

2. 「見本」としての、ささやかな覚悟
親は常に、子供にとっての「最初の見本」です。
だからといって、完璧な人間として「頑張りすぎる」必要はないのかもしれません。
大切なのは、立派なことを教えるよりも先に、「人としてやってはいけないこと」を子供の前で決して見せない、という一線を守ること。
子供の成長を阻害するマイナス要素を、日常からそっと取り除いてあげる。
それだけで、十分な教育なのだと思います。

3. 「生き写し」の先にある、新しい物語
もちろん、成長と共に子供には自我が芽生え、親の影響を離れて自分らしさを獲得していきます。
父親から受け継いだもの、母親から授かったもの、そして自分自身で掴み取ったもの。
それらが混ざり合い、一人の「個」としての個性が形作られていく。
その変化を認め、励まし続けることが、親としての最も重要な役割です。

4. 「カエルの子」としての、終わりなき成長
私自身も歳を重ね、鏡を見るたびに「親に似てきたな」と感じることが増えました。
「カエルの子はカエル」という言葉は、逃れられない血の繋がりを示すものかもしれません。
しかし、似ているからといって変化を諦める必要はありません。生き写しの土台を大切にしながらも、そこからさらに「自分なりの高み」を目指していく。

子供たちの成長を応援するように、私自身もまた、今日より明日、少しでも良い「自分」へと更新していきたい。
そんな背中を見せ続けることが、最高の子育てになると考えています。
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男兄弟の中で育った私にとって、ひな祭りは長らく「遠い世界の行事」でした。
しかし、娘が生まれて初めて、その本当の意味を知ることになりました。
端午の節句と同様、それは単なる形式的な儀式ではなく、子の健やかな成長を祝い、その未来を寿(ことほ)ぐ切実な祈りなのだと。

雛人形には、作り手の技だけでなく、それを迎えた親類や家族の「どうか幸せに」という切なる願いが込められています。
「いつか良き縁に恵まれ、幸せになってほしい」――親であれば誰もが抱く、普遍的な願いがそこには結晶しています。

「子供の幸せ」の定義を問い直す

一方で、ふと考え込んでしまうことがあります。
「子供の幸せ」とは、一体何なのでしょうか。
親が「子供のためを思って」差し出すレールが、時として本人の意志を置き去りにした「エゴ」にすり替わってしまう危うさを、常に自覚していなければなりません。

幸せの定義は、人によって異なります。
親の期待と子供の望みが食い違うこともあるでしょう。
まだ経験の浅い子供に「判断の種」を与えるのは親の役割ですが、その姿勢が可能性を潰す壁になるか、あるいは翼を広げる風になるかは、親のさじ加減一つにかかっています。
独りよがりな「正解」を押し付けないよう、謙虚でありたいと思うのです。

自分の良さを、誰かのために

この雛人形を、あと何年飾れるでしょうか。
驚くほどの早さで成長していく後ろ姿を見つめながら、今、改めて願います。

元気に育ってほしい。
そして、自分の強みを活かし、社会の中で自分なりの役割を見つけてほしい。
単にお金のためだけに働くのではなく、自らの「やりがい」に従い、誰かのために尽くせる人になってほしい、と。

春の陽だまりのような温かな願いが、いつか彼女の人生を支える確かな根っこになることを信じて。

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今日が6歳の誕生日。
いよいよ4月からは、小学生。
ドキドキ、ワクワクの小学生。
今までの友達と別れてしまうけれど、これからもつながりがあるといいなと思う。
そして、小学校では、今まで以上の友達ができるだろう。
友達の輪の中に入っていってほしい。

いつも、すごいなぁと思うことが多い。
自分の子どもの頃と比べると、感心する。
スイミングでは、25m泳げるようになった。
塾も英語も頑張っている。
ピアノは、発表会を頑張った。
たくさんの人が見ている中、緊張する中、よく頑張った。
堂々としていた。

遊びを見ていても、面白い。
台本みたいのを作って、せりふと身振り手振りを入れた簡単な劇を作ったり、
いろいろなごっこ遊び、ホテル、先生、レストラン、お医者さん…
ダンスが大好き。yoasobiの「ツバメ」を踊ったり、
歌も大好き。プリキュア、天空の城ラピュタ「君をのせて」、すずめの戸締り…
デジタル機器が好き。スマホでツムツム、WiiFIT、すみっこパソコンで遊んだり、
いろいろなことをやっている。

そして、優しさと思いやりの気持ち。
親バカだけど、本当にいい子だなと思う。
今年も素敵な一年になりますように。
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今日が5歳の誕生日。
子どもは成長が早い。
ちょっと前までは赤ちゃんだったのに。
「ばぶちゃん」というと怒る。
もう、赤ちゃんじゃない。
それに対する寂しさはある。
でも、元気に成長している嬉しさが上回る。

色々なことができるようになった。
自転車に乗れるようになった。
縄跳びも上手に跳べるようになった。
スイミングに行き始め、プールが大好き。
同じ年の自分は、そこまではできなかった。
心からすごいなぁと思う。
慎重なところはあるけれど、進んで挑戦するのが素敵。
負けず嫌い!
これからも続けていってほしい。

勉強も頑張っている。
ひらがな、カタカナが上手に書ける。
集中力が続く。
そして、塾が好き!
英語も楽しんで学んでいる。
そんな前向きなところが素敵。

そして、優しさと思いやりの気持ち。
温かい言葉ありがとう。
お世辞ではない、本当に素直な言葉。
すごく嬉しい。
それが私の力の源だ。
生まれてきてくれて、ありがとう。

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