伊豆の中心で、思いをさけぶ

地域社会のリアルな変化から教育・人生の本質まで、変化の激しい時代を自分らしく生き抜くための視点を届ける社会批評。

カテゴリ: 世界

自分の内側にある本質的な課題から目を背け、すべての責任を外部の環境や他人に転嫁していても、状況が好転することは決してありません。
これは個人の生き方にとどまらず、組織や国家という大きな集団においても全く同じ構造が当てはまります。

歴史を振り返れば、「外敵の脅威」を煽ることで国内の不満を逸らし、結束を高めようとする政治手法は古今東西で繰り返されてきました。
日本の明治維新においても、欧米列強という外圧が国家統合の強力な推進力となった側面は否めません。
しかし、日本が近代化の成功モデルとして世界から評価されるのは、単に脅威を煽ったからではなく、軍事・産業・文化・制度といった国の中身(構造改革)に真摯に取り組んだからに他なりません。

一方で、実態を伴わないまま外敵の存在ばかりを強調し、国内の平穏を保とうとする愚策も散見されます。
経済的な発展を遂げながらも未だに日本を過剰に「脅威」として仕立て上げ、自国の結束を図ろうとする国々を目にすると、悲しさと同時に政治的・精神的な未成熟さを感じざるを得ません。

1. 批判に終始する政治と、国民への誠実さ
こうした「責任転嫁の構造」は、翻って日本の国内政治や政党の姿勢にも色濃く影を落としています。

与党の方針を批判・追及することだけに終始し、いざ自分たちの現実的な責任や対案を問われると、整合性を欠いたり議論を素通りしたりする――。
理想ばかりを叫んで現実の課題に向き合わず、具体性に欠ける主張を繰り返す姿勢は、果たして国民に対して誠実と言えるでしょうか。
単に自らの主義主張を通すため、不満を巧みに煽り立てているだけではないのかという疑問が拭えません。(もちろん、だからといって与党の姿勢が常に最善であると言いたいわけではありません)。

ネットやSNSの普及により、誰もが多様な情報や主張の裏側(文脈)を可視化できるようになった現代だからこそ、こうした「パフォーマンスとしての批判」の空疎さは、より一層際立つようになっています。

2. 「お天道様」に恥じない、自分事としての生き方
個人レベルにおいても、他人を責め、誰かを批判したり貶めたりすることで自分を正当化しようとする人がいます。

一見すると自己保身に成功しているように見えますが、果たしてそれは本質的に正しい生き方と言えるでしょうか。
「お天道様が見ていて恥ずかしくない行動か」と問われた時、胸を張れる人は多くないはずです。
他人に責任を押し付けて逃げ回っている間に、その人自身の人間的な成長は完全に止まってしまいます。

あらゆる問題をまず「自分事」として捉え、自分に何ができるかを問うこと――。
他人のせいにせず、自らの行動と課題に誠実に向き合うことこそが、人が人として生きていく上でのもっとも根幹的な作法であり、自分自身を真に成長させていく唯一の道なのだと強く確信します。
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私は大学受験で日本史を選択し、大学でも日本史を専攻しました。
だからといって、世界史に興味がなかったわけではありません。
むしろ高校時代から関心は高く、西洋史・東洋史を問わず、特にギリシャ・ローマに始まるヨーロッパの歴史には強いロマンを感じていました。
なかでも、古代ローマ帝国の正統を受け継いだビザンティン帝国(東ローマ帝国)が、東西分裂後も激動のなかで1000年もの長きにわたって存続したという事実には、今も激しい知的好奇心をかき立てられます。
そんな私が最近、『リーダーは世界史に学べ』という本の中で、改めてその生涯に深く魅了された人物がいます。
ハプスブルク家が誇るオーストリアの偉大な女帝、マリア・テレジアです。
あのフランス革命で悲劇の結末を迎えるマリー・アントワネットの、実の母親にあたる人物といえばイメージしやすいでしょうか。

1. 誠実さという、最大のリーダーシップ
彼女が若くしてオーストリアの家督を継承したとき、周囲の列強諸国は「女の若造に何ができる」と侮り、領土を奪おうと一斉に襲いかかってきました。まさに国家存亡の危機です。
この絶体絶命の窮地において、彼女が発揮したリーダーシップには激しく心を揺さぶられます。
マリア・テレジアは冷徹な君主として振る舞うのではなく、自ら前線に立ち、時に涙を流しながら、剥き出しの誠実さによって周囲の人間や他国の協力を取り付けていきました。
計算高いずる賢さではなく、泥臭いほどの情熱と誠実さで人の心を動かし、最終的に国を守り抜いたその姿は、現代を生きる私たちにとっても本質的なリーダー像を提示してくれています。
しかも、彼女を取り巻く人間ドラマは、信じられないほどドラマチックです。
領土をめぐって生涯の宿敵となったプロイセンのフリードリヒ大王は、実は若き日の彼女の「花婿候補」の一人でした。
かつての結婚相手かもしれない男と、国の命運を賭けて泥沼の戦争を繰り広げる――。
さらにプライベートでは16人もの子どもを産み、政略結婚でフランスへ嫁いでいく末娘マリー・アントワネットの身を、一人の母親として最後まで案じ続けていました。
これほど波乱万丈で、愛と戦いに満ちた人生です。
日本の「大河ドラマ」のような長期にわたる重厚な歴史ドラマとして、なぜヨーロッパで大々的に映像化されないのだろうか、と不思議に思うほどです。

2. 未知の歴史と出会う、贅沢な時間
世界史の舞台には、私たちがまだ全貌を知らない、魅力的な歴史上の人物がきっと無数に眠っています。
日本史に比べて、世界史は時間軸も空間軸も圧倒的に広大であるため、どれだけ学んでも「まだ見ぬ知性やドラマ」に出会える余白が残されています。
大人になった今、日常のふとしたきっかけで知らなかった人物の生涯に触れ、そこから芋づる式に過去の糸をたぐり寄せて調べていく。
そのプロセス自体が、何にも代えがたい贅沢で楽しい時間です。
地図を広げ、何百年も前に遠い異国で懸命に生きた先人たちの呼吸に耳をすませる。
そんな知的な道草を楽しみながら、私は今日もまた、世界史という広大な海の新しい扉を開けています。
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かつてアメリカのトランプ大統領は、日本がロシアとの戦争(日露戦争)に勝利した歴史を知らず、当時の安倍晋三首相から教えられて初めて驚いた、という逸話があります。
「世界最高権力者であるアメリカ大統領が、それほどの歴史も知らないのか」と、にわかには信じがたい思いがしますが、これは単なる一国のエピソードでは済まされない重い意味を持っています。

1. 「世界史を揺るがした出来事」の地政学
日露戦争は、単なる極東の局地戦ではなく、世界史の潮流を大きく変えた一大転換点でした。
当時、非白人国家であるアジアの小さな島国が、世界最大の軍事力を誇る白人帝国ロシアに勝利したことは、欧米列強に凄まじい衝撃を与えました。
と同時に、列強の圧政に苦しんでいた世界中の植民地の人々には、「自分たちも立ち上がれるかもしれない」という巨大な希望の光をもたらしたのです。
こうした世界史の基礎や地政学的な文脈に疎いリーダーが、目先のパワーゲームだけで他国を揺さぶり、緊張状態を作り出してしまう現状には、強い危うさを感じざるを得ません。

2. 過去の因果の上に成り立つ現代
現在の国際社会が抱える複雑な問題や紛争は、すべて過去の歴史が積み重なった結果として存在しています。今ある危機の原因は、必ず過去にあるのです。
そうした歴史的背景に目を向けず、ただ「今、自国がどれだけ得をするか」という短期的な利益だけに固執すれば、かつて世界が何度も経験したような、泥沼の戦争や対立に引きずり込まれるのは当然の帰結です。
それぞれの地域には、そこに生きた人々が何世代にもわたって紡ぎ出してきた歴史があります。
指導者が代わろうとも、人々の受け継いできた想いや、解決されずに先送りされてきた火種は、その土地に残り続けるのです。

3. 歴史を知ることは、想像力を持つこと
歴史を学ぶことが、国際問題を解決する万能の特効薬になるわけではありません。
しかし、歴史を知り、その土地に生きた人々の生き様や願い、苦悩に思いを馳せることは、独善的なナショナリズムを抑え、世界をより寛容で温かい場所に変えていくための「想像力」を与えてくれます。
巨大な権力を持つ超大国の指導者であればなおさら、自国の利益だけを追求して他国に不利益を強いるような、視野の狭い独りよがりな政治を行ってはならないはずです。

4. 理想論では片付かない、足元の現実
しかし昨今の国際社会を見渡すと、そんな大国としての責任感は薄れ、世界中に不透明な不安が漂っています。
「戦争」という言葉が軽々しく飛び交う裏で、実生活を送る私たちが直面するのは、もっと切実な現実です。
戦争を起こして傷つけ合うことよりも、日々の暮らしに直結するガソリンの価格はどうなるのか、産業の米であるナフサの供給は維持されるのか。
市民が本当に求めているのは、そうした足元の安定のはずです。
歴史への想像力を欠いた指導者の振る舞いが、めぐりめぐって私たちの平凡で尊い日常を脅かす。
だからこそ私たちは、美しいスローガンに惑わされず、歴史という確かな物差しを持って、世界の動向を注視し続けなければならないのだと思うのです。
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ガソリン価格が、目を疑うような勢いで急上昇しています。
イランでの戦端が開かれた以上、高騰は予測していましたが、これほどまでとは。
しかし、この絶望的な数字は、皮肉にもこれまでの歴史が証明してきた「既視感のある未来」でもあります。

1. 繰り返される「石油ショック」という悪夢

中東で火の手が上がれば、世界のエネルギー需給が麻痺する。
これは歴史が証明する不変の鉄則です。
かつての石油ショック、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、イラク戦争……。
あの地域での軍事行動は、常にダイレクトに石油価格の高騰を招いてきました。
自国でエネルギーを賄える産油国アメリカと、その供給の大部分を中東に依存している日本。
この圧倒的な構造的差異が、今、改めて日本の「死活問題」として浮き彫りになっています。
せっかく暫定税率の廃止によって家計への負担が和らぎ始めた矢先のこの事態は、あまりに過酷な仕打ちと言わざるを得ません。

2. 「指導者の暗殺」では終わらない歴史

歴史的な経緯を紐解けば、たとえ最高指導者を排除したとしても、それで戦争が幕を閉じると考えるのは楽観が過ぎるでしょう。
強固なイデオロギー体制は後継者を生み続け、反体制派が直ちに主導権を握るような力も現状では見当たりません。
歴代のアメリカ大統領が、反米的なイランに対して軍事介入を慎重に避けてきたのは、この「泥沼化」と、世界経済の頸動脈であるペルシャ湾(ホルムズ海峡)封鎖というリスクを熟知していたからです。

3. 「核問題」より「明日の生活」

アメリカがどれほど「正義」や「世界の安全」を旗印に掲げようとも、石油価格の高騰が人々の暮らしを壊し始めれば、国際世論は急速に冷え込むでしょう。
一般市民にとって、遠い地の核開発問題よりも、今日明日を生きるためのエネルギーコストの方がはるかに切実な問題だからです。
石油は今や、現代社会という有機体を動かす「血液」そのもの。
その循環が滞れば、世界経済の機能不全は避けられません。

4. 日本にとっての「真の国益」とは

長期化が必至とされるこの情勢下で、日本は極めて難しい舵取りを迫られています。
同盟国アメリカと歩調を合わせることは外交上の正解かもしれませんが、それによって国内経済が低迷し、国民の生活が破綻すれば、それは政権の危機に直結します。
日本にとっての真の国益は、どこにあるのか?
「正義の同盟」か、それとも「国民の生存」か。
私たちは今、かつてないほど不透明で、正解のない歴史の分岐点に立たされています。

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アメリカとイスラエルによる空爆。
そして、イランの最高指導者ハメネイ師の死去。
この衝撃的なニュースに、イランの街中では歓喜の声が上がっていると報じられています。
50年近く続いたイスラム原理主義体制が民衆の心から離れ、現状にそぐわなくなっていたのは明白な事実でしょう。

しかし、この事態を私たちは「手放しで喜ぶべき出来事」と捉えてよいのでしょうか。

1. 「解放」の先に待ち受ける不透明な未来

核開発の脅威や独裁体制の終焉は、イスラエルやトランプ政権にとって悲願だったはずです。
しかし、絶対的なカリスマを失った後のイランには、新たな民主政権が誕生するのか、あるいは収拾のつかない内乱へと突き進むのか、予測もつかない空白が生まれています。
アメリカが地中海とペルシャ湾に空母打撃群を同時派遣するという、空前の「軍事的な圧力」によってもたらされたこの転換は、中東全体の勢力図を根底から書き換えてしまうでしょう。

2. 揺らぐ国際秩序と「国連」の空洞化

もっとも深い懸念は、これが「他国による政権転覆」の常態化に繋がりかねない点です。
ロシアによるウクライナ侵攻、そしてアメリカのベネズエラでの関与――。
もし「相手が独裁政権だから」という理由で他国による武力介入が正当化されるのであれば、世界は力こそがルールの「弱肉強食」の時代に逆戻りしてしまいます。

ここで突きつけられるのが、国際連合の存在意義です。
常任理事国が自ら武力を行使しても、それを止める術を持たない組織。
結局のところ、国連は「戦勝国のための利害調整の場」に過ぎないのではないか。
その形骸化がいよいよ無視できないレベルに達しています。

3. 私たちの暮らしに直結する「平和の代償」

そして何より、この遠い地の混乱は、私たちの足元を直撃します。
中東の戦火は即座に原油価格に跳ね返り、ガソリン代や電気代、ひいてはあらゆる物価をさらに押し上げるでしょう。

平和と自由を願う気持ちと、暴力的な現状変更がもたらす副作用への危惧。
この拭いきれない「モヤモヤ」こそが、今の歪な国際情勢を映し出す鏡なのかもしれません。
この劇的な変化が、さらなる破壊ではなく、真に人々が報われる社会への第一歩であることを願わずにはいられません。

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第一に、中国政府には再発防止に取り込むつもりは全くないこと。19日、中国外務省報道官は事件について、「どこの国でも起こりうること」だと強弁したが、その言わんとするところは要するに、「どこの国でも起こりうることだから中国政府の責任ではない」ということだ。
その一方、報道官は亡くなった日本人学校の男子に対して「追悼」の意を表しながらも、犯行自体を非難する言葉は一つも出なかった。政府の意向の忖度に長ける中国人からすれば、それは要するに、中国政府は本心においてはこうした「反日テロ行為」を基本的に容認しているということになっている。

中国の日本人学校での事件が今年になって2件報道された。
その他にも日本人や日本の施設に対する事件を中国人が起こしている。

中国の反日教育の結果だと思う。
復讐心をあおる感情的な内容で、歴史教育が政治の目的になっている。
日本だから、日本人だから起こるのだろう。
中国の経済の状態が悪く、人々の不満が中国政府に向けられるのを恐れているらしい。
でも、いつまでも反日でうまくいくとは限らない。
中国人民もバカではない。

日本は中国との付き合い方をもっと気を付けたほうがよい。
リスクを冒してまで中国から経済的な利益を得る必要があるのか?
経済だけでものを見てはいけない。
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事件当日14日に「サンデーモーニング」(TBS系)で元外務事務次官の薮中三十二氏が「(トランプ氏の選挙が)有利に働く可能性がある」と語ったのを受けて膳場貴子キャスターが「プラスのアピールになりかねない」とコメント。これが事件直後の発言としては不適切と指摘され、X(旧ツイッター)などで大騒ぎになったのだ。

まなじりを決したような表情で「大統領選がトランプ氏に有利に働く可能性があります」と薮中氏や膳場と同じようなニュアンスを伝えた。

冷静さを欠いた発言。
特に公共性が高いテレビで、公平性を欠いた発言をするのはいかがなものか?
一人一人の思いや考えがあるのは分かるが、それをテレビで言ってしまうのは。
特に暴力によって民主主義を否定しようする銃撃事件を、肯定してしまいかねない発言。
マスコミの自分たちの首を絞めかねない発言。

そういうことで、マスコミは自分たちの思いや考えをもとに番組作りをしている。
あまり公平さを重視した番組はされていない。
テレビ報道を鵜吞みにせず、真実は何か自分で調べて考える態度が必要だろう。


これ、よくできている。

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