日本の明治維新においても、欧米列強という外圧が国家統合の強力な推進力となった側面は否めません。
しかし、日本が近代化の成功モデルとして世界から評価されるのは、単に脅威を煽ったからではなく、軍事・産業・文化・制度といった国の中身(構造改革)に真摯に取り組んだからに他なりません。
経済的な発展を遂げながらも未だに日本を過剰に「脅威」として仕立て上げ、自国の結束を図ろうとする国々を目にすると、悲しさと同時に政治的・精神的な未成熟さを感じざるを得ません。
理想ばかりを叫んで現実の課題に向き合わず、具体性に欠ける主張を繰り返す姿勢は、果たして国民に対して誠実と言えるでしょうか。
単に自らの主義主張を通すため、不満を巧みに煽り立てているだけではないのかという疑問が拭えません。(もちろん、だからといって与党の姿勢が常に最善であると言いたいわけではありません)。
「お天道様が見ていて恥ずかしくない行動か」と問われた時、胸を張れる人は多くないはずです。
他人に責任を押し付けて逃げ回っている間に、その人自身の人間的な成長は完全に止まってしまいます。







